プロフィール:高木あゆみ

はじめまして、高木あゆみです。

働くママのマネーアドバイザーとして、子育て世代の働き方、教育費の貯め方や保険の正しい考え方、はじめての資産運用などの相談をサポートしています。

代表の谷口と同じく、保険や金融商品などの販売を行わない『何も売らないファイナンシャルプランナー』として、第三者の立場からアドバイスを行うことができます。また、二児の母でもありますので、子育て中だからこそのあなたの悩みがよく分かります。

高木あゆみ

鹿児島市出身で、父の仕事の都合で幼い頃から転勤族の家庭で過ごしました。中学生までに、福岡・熊本・宮崎・鹿児島で生活をしました。年度途中での引越しや、せっかく仲良くなれたお友だちとの別れに、何度も涙したことを今でもよく覚えています。

環境が変わっても自然とお友だちができるのは、大人になった今でも不思議に思います。その土地や風習に慣れ親しんでいくこと、人との関わり方を自然と身に着けていった幼少期だったなと感じています。

高校時代には合唱同好会に所属して、友人と共に部員集めを頑張り、部活動に発展させたことが思い出の一つです。今でも、子どもの小学校のPTAコーラス部で歌うことを楽しんでいます。

歌うこと以外に、大切な趣味があります。それは、7人組のジャニーズグループと同じく7人組の韓国アイドルグループを応援することです。ママでも自分の時間を楽しむために、仕事にも資産形成にも力を注いでいます。

急に飛び込んだ金融業界ではじめての投資と出会う

私は、幼い頃から幼稚園の先生になることが夢でした。幼児教育を学ぶため短大に進学しましたが、急な心境の変化で、最終の教育実習には行かず一般企業への就職を目指すという方向転換をしました。

母親が金融機関に勤めていたことがきっかけで、銀行にエントリーすると、すぐに面接の機会が与えられ、1社面接してそのまま内定が決まりました。

15年後、まさかマネーアドバイザーとして金融機関に属せずに仕事をしていることとは思ってもみませんでしたが、20歳のとき、幼い頃からの夢である幼稚園の先生になる道を変更して、一般企業への就職活動を選択したことで、銀行員としてのスタートを切ることになりました。

はじめての投資に出会ったのも入社したばかりの銀行でのことでした。実家暮らしで何も失うものもなく、増えるかもしれない方法があること(=投資)を前向きにとらえて、はじめてのボーナスで投資信託を購入したのが私の投資の始まりでした。

その頃の私の金融や経済の知識は、とても浅いものでしたが、自分なりに考えて、世界中の株に分散投資する投資信託を選びました。「日本で生活しながら、海外にもお金を投じることができるなんて!」と、減るかもしれないという不安より、もっと豊かになるはず!という期待でわくわくしながらスタートさせました。

実際に投資をしてみて感じたことは、自分で働くだけではなく、お金が働いてくれることはとても画期的だということでした。

自分たちが働いているように世界中には色々な会社があって、毎日便利なものが世の中に出されていく。そしてそれは、人が生きる限り続いていき、どこかの会社は必ず成長するし、成長する企業は無数にあるから投資で得られる結果は大きいはずだと信じることができました。

投資をすることは世の中のためになることだと思っていたので、こんなに良い方法はどんどん広めたい!という思いの元、銀行で投資信託の販売も経験しました。

銀行では預金窓口で、店舗のお金の管理、お客さまの口座開設や住所変更などの手続きを担当しながら営業活動をしていました。

「預金で貯めても金利は低いですし、新しいお金の貯め方を始めてみませんか?」

手続きのたびに、お客さまにお声がけし続けました。良いと思っているものをお勧めするので、営業という仕事に全く抵抗感はなく、知った上で選んでみてくださいねという楽な気持ちで話を続けました。

来店されるお客さまの将来資産が少しでも豊かになるようなアドバイスをする中で、資産運用が将来にもたらす効果、投資信託や保険など基本的な金融商品のことも学ぶことができました。

資産運用に変動はつきものです。慣れないお客さまにとっては少しの変動でも気になってしまうという方も多かったです。

値動きの原因は何なのか、お客さまが納得して途中で投げ出さずに続けられるよう、また、もっとお金や経済、制度に詳しくなって、お客さまのためになる情報提供でお役に立ちたいと思い、FP資格を取得したのは2008年のことでした。

ちょうど銀行では、投資信託や保険の販売が活発になった頃でした。それぞれの支店に販売目標額があって、銀行員一人一人にもノルマがありました。

お客さまがよいと思ってくださった結果が数字なので、目標額にこだわりはありませんでしたが、銀行内の評価は販売に至った経緯よりも、結果が重視される状況にありました。また、購入してくださったお客さまのアフターフォローよりも、新規購入のお客さまに力を入れるという面もよく目にしていました。

のちに、自分の置かれた状況は、一金融機関の中で、ごく限られた商品の中からでしかお客さまにご提案できない状況なのだと振り返ることになるのですが、若かった私はそれに気づかず与えられた場所に満足していたのでした。

結婚を機に九州から東京へ〜引越しと転職

順調だった銀行勤務は長くは続きませんでした。

地元鹿児島で就職したはずの将来の夫の配属先が、東京に決まったことが理由です。大好きだった銀行での仕事を辞めて、23歳ではじめて実家を出て、のちの夫について東京で生活することを決断しました。

就職のときでさえ実家から通えるよう地元鹿児島での生活を選んでいたのに、家から遠く離れた地で生活するなんて考えてもいませんでした。

周りの友人もそうですが、結婚や出産で住む場所や働き方が変わるなど、女性にはライフスタイルの変化がつきものだなと感じます。

仕事や住む場所が変わることは、これまでと全く違った状況になるので先が予測しづらく、どうなるか分からない見えない不安も多いものです。同じような経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか?やむを得ず長年生活した場所を離れなければならないという経験がありますので、同じような状況の方の気持ちがよく分かります。

私自身が今、地元を離れる選択をしたことについて、結果的に良い選択ができたなと振り返ることができるのは、とことん考え抜いて、人から言われたからではなく自分が一番納得できる道を選んできたからではないかと考えています。

こういった経験があるので、お客さまとの会話では、結婚出産、転勤や引越しなどといったライフスタイルの変化について合わせてお話することも多いです。

長年生活した地元鹿児島を離れて東京へ引越すと同時に転職先も決まり、社会人人生2社目は、一般企業で経理業務を経験しました。

会社の財務状況をシステムに入力したり、社員の給与計算をしたり、取引先への書類発行や大量の振込手続きなど、これまでの銀行勤務経験でも数字が身近でしたが、ここでもやっぱり数字を扱う仕事についてました。

その後25歳のときに結婚して夫婦二馬力、色々な観光名所を巡って関東での生活を楽しみました。

妊娠と出産。ワンオペ育児…はじめての子育て…

28歳で1人目の子どもの妊娠と出産を経験します。育児休暇も取得しました。待ち望んでいた我が子との出会い。でも実際は悲しくて淋しい記憶が頭に残っています。

夫婦ともに実家は遠方の鹿児島でした。里帰り出産で母となり、里帰り中は毎日、母や祖母、兄弟など会話できる大人と一緒で楽しかったのですが、里帰りを終えて夫の待つ自宅に帰ってからは一変しました。

ちょうど夫は仕事が多忙な時期で、家庭に多くの時間を使える余裕がない状態でした。直接顔を合わせられる頼れる家族はみな遠方。友人もほぼいない状態で関東で生活していたので、広い家に朝から晩まで赤ちゃんと二人きりでした。

子育てひろばに遊びに行っても、なかなか親しいお友達も見つからず、振り返ると、第一子育休中は心のどこかに穴が空いたような、淋しかった記憶がよみがえってきます。

ワンオペ育児…

はじめての子育て…

子どもの成長は嬉しかったし可愛かったけれど、悲しかった記憶が一番残る子供との育休生活…

育休明けの職場復帰が不安もありながらも楽しみの一つでした。このような体験があるからこそ、働くママの良き相談相手としてお仕事をしたいという今の想いにつながっています。

育休明け間近、まさかの退職を余儀なくされる...

5月生まれの第一子。フルタイムで職場復帰の予定で、1歳目前の4月からの保育園入園が決まったときのことでした。

いよいよ子育てしながら働き出すのだと決意を新たにしていたところに、事業縮小により復帰は不可能との連絡を会社から受けました。いくら話し合っても、事業縮小によるもので働ける環境がないことはすぐに改善される見込みはなく、仕事復帰を諦めるしか選択肢は残っておらず、話し合いの末やむを得ず離職しました。

これは、自分ではどうすることもできない人生の転機でした。

それでも、育休明け間近、突然の退職宣告への対応の仕方や、今後どのように会社と話し合いをするのがよいのか、行政やハローワーク、労働局など多くの場所に連日相談したことで得られた知識は、現在お客さまにアドバイスをする上で役立つことが多くあります。

自分で積極的に行動しなければ使えない制度、少し知っているだけで得をすることなど、単なる知識だけではなく、実体験を通して経験を積むことができたので、その経験のおかげで今ではお客様に寄り添った具体的なサポートができていると感じています。

ただ、その当時は第一子が生まれ、夫はステップアップのために転職したばかりで、今後の生活がどのうになるのか見通しが立てづらい時期でした。さらに私まで無職になったわけです。夫婦二馬力で生計を立てていたので、軌道修正が必要になりました。

心機一転、引越し。隙間時間に働きに出ようと試みた結果…

これまでは都心で生活していたので、まずは少しでも家賃を抑えるために郊外に引越しをすることにしました。

また、夫の職場は郊外にあったため、都心からは遠く、通勤時間が長く大変そうだったのでちょうど良いタイミングでもありました。郊外に引越しをすることで通勤時間が少なくなり、家族との時間も増えそうでした。しかし、第一子の保育園入園が決まっていたので、引越しをするには保育園入園という権利を手放さなければなりませんでした。

区役所の方や家族友人からは、保育園入園決定を手放すと、仕事探しがもっと大変になるからと、郊外への引越しではなく、保育園が変わらない範囲での引越にとどめる方が良いという声もありました。

確かに、貴重な保育園入園が決まっていたので、そのままの地で転職活動をする道もあったのですが…何度も何度も考えた結果、最終的には家族全員が一番健康でいられる生活を選びました。

結果的に、引越しをすることで夫の通勤時間が短くなり、夕飯を家族全員で一緒に食べたり、こどもが寝る前に帰宅をして一緒に寝かしつけができたり、家族で過ごす幸せな時間を増やすことができたのでこの選択は正しかったと感じています。

人生って選択の連続ですよね、何があるか分からないです。

23才で地元鹿児島を離れて約7年。東京都大田区→神奈川県横浜市→東京都立川市。実家を離れて生活するなんて予定していなかったのに気づけば色々な場所で生活をする人生を歩んでいました。

そんな中、私は心のどこかで子どもの預け先が見つかれば仕事をしたいなと考えていました。

しかし、休職中では保育園入園が叶うことはなく、子育てに専念することになります。夫は家で子どもを見るのが一番だというのが本音でした。子育て中心の生活は、第一子が1歳10ヶ月まで続きました。

子育てが進むにつれ次第に、外で働きに出たいという気持ちが強くなりました。いても立ってもいられず、反対する夫の意見をなんとか説得して、夫が休みの土日だけでもと、隙間時間でスーパーでの試飲試食販売のパートをはじめました。数時間だけでも一人で行動できること、お客さまとの会話や喜んでいただけたそのひとときは、私の人生にとってなくてはならない時間でした。

その後、第一子が2歳になる直前に運良く、地域型保育施設(家庭的保育)に入園できることになりました。

休職中で保育施設に子どもを預けた場合、3ヶ月以内に仕事に就かなくてはなりません。同時に就職活動をはじめるとすぐに、自宅から通いやすい銀行で働くことになりました。2つ目の銀行への勤務スタートです。

入社してから1ヶ月は研修続きのため、実際に働く店舗ではなく、通勤時間が片道1時間長くかかる研修所へ通うことことが決まりでした。

家庭的保育施設だけでは預かり時間が足りず、ファミリーサポート(市区町村が運営している一般家庭が子どもを預かる子育てサポート事業)を利用して、朝夕、保育施設とは別の家庭に子どもを預けながら仕事を再開しました。

この2つ目の銀行ではロビーや窓口、相談カウンターなど幅広く業務を経験しました。少しでもお得に、無駄なく資産を増やす方法を窓口で広めることが楽しみでもありました。アドバイス業務に徹したいという思いも芽生えはじめたのも子育て中に勤めていたこの銀行でのことでした。

子どもを持ったことで、将来について考える機会が増え、将来のためのお金について早いうちに真剣に考えておくことが必要だと、これまでよりも強く考えるようになりました。

また、働いて収入を得る以外にも、お金を運用することで、将来の不安を少しでも解消して逆に将来の楽しみが増えることにつながることもこのとき実感しはじめ、今でも変わらずに強く感じています。

家族で協力して働き子育てをしていくこと、そして資産運用は私たち子育て世帯にこそ始めやすいお金の貯め方だということを少しでもたくさんの方に広めたいとう思いで銀行の窓口でお客さまとお話する毎日が続きました。

NISAやつみたてNISAなど、投資初心者にも投資のハードルが低くなるような制度もスタートしたことで、お客さまに興味を持って頂きやすい環境もありました。それでも、資産運用に抵抗のある方が多いのが現実で、銀行に勤務している人でさえも始めていないということもあるくらいでした。

そしてまた、女性ならではの人生の転機が訪れます。

二度目の妊娠、出産、育児休暇

31歳で第二子を妊娠、出産しました。パートタイム勤務をしていた2つ目の銀行で、育児休暇を取得しました。

パートタイム勤務での育児休暇取得はめずらしいことなのか、周りの方からはびっくりされることもありました。雇用保険に加入しない労働条件だったので、育児休暇中の手当はないのですが、出産後も働く場所があるという状態は子育て中の身にとってはとてもありがたいことでした。

第一子妊娠中のときとは違って、家庭以外にも職場での人間関係や没頭できる趣味(7人組のジャニーズグループの応援)を持っていました。第一子出産のときに感じた寂しさは全くなく、子育ても自分の時間も楽しめる状態で迎えた第二子の誕生でした。

第二子は生後4ヶ月頃から食物アレルギー(乳)の疑いがあり、その後食物アレルギーがはっきりと判明して、結局5歳になる現在も、卵と乳製品は完全除去を続けながら治療を続けています。はじめはどうしてうちの子が...と悲観する瞬間もありましたが、家族や友人、保育園の先生方など経験豊富で話を聞いてもらえる相談相手がたくさんいるので、子育てや食事のことで悩みすぎることはなく生活しています。

子どもを授かること、出産、子どもが成長する過程でも心配は尽きないですが、どのような状況であっても、心と時間に余裕を持っていられると色々なことにも柔軟に対応できるのではないかと感じています。

子育てや子どもの人生だけに意識を向け続けるのではなく、自分自身の人生も大切にすることが心の余裕につながることを、身を持って体感しました。子育てに専念することも素敵ですが、もし何か挑戦したいことや没頭したいことがあるのなら、子育てを理由に諦めることなくチャレンジしていけるお母さんが増えるといいなと思っています。

そして改めて、第二子育休中に真剣に家計と向き合いました。心がけていたものの、保険の見直しや貯蓄方法など、改善できることがまだまだあって、実際に改善に取り掛かると、貯蓄の増え方が大きく変わりました。同時に、もっと早く行動しておけばよかった!!!そう後悔する気持ちもたくさんありました。

将来を見据えたお金の計画は、早ければ早い方がいいので、これからのお母さんたちに同じ後悔をしてほしくないと考え、第二子育児休暇後の仕事復帰では、銀行窓口での働き方にもより熱が入るような気持ちになっていました。

働き続けるための第二子保育園探しも難航することを予測していましたが、運良く第二子の保育園入園も第一子と同じ場所に決まり、第二子は1歳目前で保育園に入園しました。

子ども二人を保育園に送迎して銀行窓口で仕事をする...私の新しい生活が始まりました。子どもの体調不良で急なお休みをもらわなければならないことも、夫との協力が必要でしたし、我が家では私が子どもの世話を担うことが大半でしたので、ストレスに感じることもありました。しかし、職場環境に恵まれていたことで、子育てを優先しながら働くことができました。

家計と向き合うこと、正しいお金との付き合い方、怖くない資産形成の方法…銀行窓口で少しでも楽に子育てや家計管理ができるようにとお話する日々は私にとってかけがえのない時間でした。お客さまが興味を持ってくださり、資産運用の第一歩を踏み出すお手伝いができたときに喜びを感じました。

この頃から少しずつ、銀行に勤めて金融商品の販売ではなく、お金の基本的な考え方や効率的なお金の置き場所など、アドバイスに徹する方がお客さまのためになるのではないか?と考えはじめるようになりました。


転勤による引越しで名古屋へ

第二子出産後も勤めていた銀行で4年半勤務した頃、夫の転勤で東京から名古屋へ引越すことになり、仕事を退職しました。

引越し後も働きたいと考えていたので、働きやすくなるように、子どもたちの幼稚園や保育園の選択肢の多い地域に家を見つけました。ここでも運良く引越してすぐに、第一子は預かり保育のある幼稚園に、第二子は小規模保育事業施設(2歳時までの保育園)に入園が決まりました。

子ども二人を抱えて、慣れない場所での生活に加え、仕事探しは簡単ではありませんでした。

1つ目に面接を受けた税理士事務所では、最終的に勤務体制の面で条件が合わず働くことは叶いませんでした。たくさんの求人を見ても、通勤時間が確保できなかったり、勤務時間を無理をしなければならなかったりと、子育てをしながらの仕事探しは想像以上に苦戦するものだと体感しました。

しかし、夫だけが働いているよりも、妻である私も働いて収入を得るということは将来的に役立つし、万が一夫に何かあったときに急に困るというのを防ぐことができるので、働く意志は曲げることなく仕事探しを続けました。

運良く、次に面接を受けた銀行に勤務することが決まりました。これで3行目の銀行での仕事となります。これまでの銀行勤務経験が役立ち、子育て中でも継続して働いてきた仕事があると、働く場所が見つけやすいこともあるのだと知りました。子育てをしながら働く女性の多い環境ということもあって、働きやすい職場に出会うことができました。

20歳のころからこれまでに全部で3つの銀行に勤務してきて、その経験からお金のことや資産運用に関する知識が身に付き、専門的なアドバイスもできるようになってきましたが、その一方で気になることもありました。

銀行の窓口では、色々な貯蓄方法についてお声がけすることがありますが、預金残高や年齢で判断してお客さまを決めているような実態があるのです。

年齢や預金の額に関係なく、どんな人にもお金の知識は必要なのに...できることならば、

・これから社会に出る若者
・結婚したばかりの夫婦
・子育てが始まったばかりでこれからお金を貯めていこうとする家庭

このような方々に、相談を通してお客さまの家族が生涯お金に困ることなく、将来が楽しみになるようなサポートをしたいと考えていました。

しかしそのようなサポートは、アドバイスばかりに時間を取られて売上につながらないため、銀行に勤めている中ではなかなか実現しにくいものでした。

また、銀行ではまだまだ保険や投資信託など金融商品の販売が中心なので、「お客さまの将来資産が増えるための正しいアドバイスに徹する」そんな金融業界に変わってほしいといくら願っても、時間がかかるばかりだとも感じていました。

どうすれば、アドバイスできるようになるかなと考えることが増えてきたのです。

多くのお金の知識の中でも、資産運用は、より楽に貯蓄できる方法で、できるだけ早くスタートすることが必要です。商品ありきではなくその前段階の大切なお金との関わり方を、どうしたらこれからお金を貯めようとしているような方に広く届けられるか?銀行に勤めながら、考える日々が続いていました。

ファイナンシャルプランナーの恩師との出会い

銀行以外で金融商品を扱わず、お金に関するあらゆるアドバイスでお客さまのよりよい未来をサポートできるのは、独立系のファイナンシャルプランナーということがインターネット検索をする中で分かりました。

「名古屋 ファイナンシャルプランナー」

というキーワードをグーグルに打ち込んで、何か得られる情報はないかと毎日のように検索をする中で、とあるFP事務所のホームページが目に留まりました。

そのFP事務所のホームページはとても柔らかい印象で、これまで見たFP事務所の雰囲気とは何か違う、温かさと安心感が伝わってきました。隅々までホームページを確認して、ここだ!と思った直感そのままに、少しでも現場で勉強してみたいという気持ちで一通のメールを送りました。

「銀行に勤めていますが、商品ありきのセールスにもやもやを感じています。(中省略)ファイナンシャルプランナーとして、実際にどのようなお仕事をされているのかぜひ知ってみたいです。可能であれば、何か私にできることはありませんでしょうか?」

実際のメールはもっと長文で、なぜメールを送ることになったのか、銀行に務める中でお客さま第一主義になりきれない思いや、商品ありきではない一生お客さまの役に立つアドバイスでサポートしたいという気持ちをめいいっぱい詰め込んだものでした。

このメールから私の働き方は大きく変化を遂げることになります。

突然の連絡にも関わらず、すぐに対面でお話する機会を持てました。そこで言われたことは...

「久しぶりにこんなに熱意のある人に出会ったよ笑。あなたが、FP事務所を作ったらいいよ」ということでした。

まさか自分がFP事務所を作るなんて...そんな考えは少しも持っておらず、雇われて働くという選択肢しか頭にありませんでした。ファイナンシャルプランナーとして専門外の分野もある私に何ができるのだろうか?という不安な気持ちがありましたが、それでもできると太鼓判を押され、チャレンジしてみよう!!と半信半疑で、ファイナンシャルプランナーとして開業する道を歩みだすことになります。35歳のことでした。

これがファイナンシャルプランナーの恩師との出会いです。銀行に勤務する傍ら、実務をどのように進めるのか、マンツーマンで教えてもらいました。同時に、インターネット上にある匿名のお金や資産運用に関する相談への回答や、このような活動をはじめたことを知ってくれた方からの相談へのアドバイスを通して、少しずつ自信をつけていきました。

銀行は副業NGで活動がしづらかったこともあり、少しでも早く自宅開業ひとつで働くことを望んでいました。そんなとき、コロナウイルスの流行で学校が休校になり、在宅勤務が増えるなど世の中の状況が変わってきました。

子どもたちとの関わりを考えたとき、何かあってもすぐ対応できるよう、また、転勤族のためどこで生活しても働き続けられるような完全在宅勤務への切り替えをよりいっそう強く考えるようになりました。

新しい働き方を目標とすると、目に入ってくるものも変わったのか、色々な方との出会いがありました。

家計のミライFP事務所代表の谷口との出会いもその一つです。どんな思いで証券会社から独立したのか、今後の展望や届けたいもの、その思いに共感し、そして逆に銀行を辞めて叶えたい思いに共感もしてもらえ、一緒にお仕事をするようになったのです。

36歳のとき、銀行を退職して自営業の身となり、家計のミライFP事務所にも所属することになりました。

何も売らないファイナンシャルプランナーとして

現在は、何も売らないファイナンシャルプランナーとして、銀行勤務時代の金融商品ありきの相談ではなく、それぞれの家庭に必要な将来のお金に合わせた提案ができるようになりました。

例えば、保険は公的な保障がどれくらいあるのか把握した上で必要なものを購入することや、預貯金だけでは増えない中、資産運用をはじめたいという方向けには、将来の目標額に合わせて投資信託をどう選んでいけばよいか、基本的な考え方から証券口座の開設や画面操作など、今後お客さま自身で実践できるようになるまでのサポートが可能となりました。

代表が講師を務める資産形成セミナーや、小中学生向け向けの投資教育セミナーのアシスタントとしても活動しています。日々たくさんの質問が飛び交う中、今まで学んできたことで回答したことがお客さまのお役に立てるのだと実感することが増えてきました。

個別相談においては、過度な節約を勧めることはせず、一人ひとりが大事にしている部分(家族旅行や食事にかけるお金など)をなるべく変えることはせずに無理なくできる家計改善や資産運用のアドバイスを心がけています。

また、ただ貯蓄するのではなく、何にいつ、どれくらいのお金が必要なのかをしっかりと見極めて準備をしていくことで、お金に関する不安をなくして幸せな生活が送れるようなサポートも行っています。

これは、私がファイナンシャルプランナーとして活動をする前に思い描いていたことで、このようなアドバイスを中立的な立場からできることに大きな満足感を感じています。

このようなスタイルでアドバイスを行っているのですが、嬉しいことに相談後にはこのようなお声を頂くことが多いです。

  • 同じように子育て中だからこそ、相談しやすかったです
  • 高木さんのお人柄がとても話しやすい雰囲気だったので、普段気になっていたことを率直に相談することができました
  • プロとしての知識や考え方と、女性としての親しみやすい雰囲気が絶妙で、とても信頼できるFPの方だと思いました
  • 高木さんとのやりとりを通じて、うちの家計の今後改善していくべき課題がクリアになりなりました
  • 自分では大雑把でしか把握できなかったこともきちんと数字で示してくださったので分かりやすかったです
  • 浪費が激しいことを問い詰める感じでもなく、今後の方針について優しく指摘してもらえました
  • どうしていきたいか分からなくても助け舟を出してくださり、安心して相談することができました

また、アドバイスを提供したお客さんにはこのような変化もありました。

毎月の貯蓄が全くできなかったご家庭が毎月30,000円を貯蓄できるように、年間貯蓄20万円だった方が保険の見直しをしたことで年間120万円貯められるようになりました。また、投資信託を使った資産運用を組み合わせることで、将来の貯金(65歳時点)が相談前は500万円だったとろ、2,500万円貯まる計算に変わるケースもありました。

これは珍しいことではなく、家計の現状把握と将来の目標に合わせた資産運用をスタートさせることで、ほとんどのお客さまが将来資産を1,000万円以上増やせるようになっています。

お金の面だけではありません。数字として目に見えるようになることで、夫婦間でのお金の共通認識が持てるようになったり、気兼ねなく将来について話せるようになったり、働くことへのモチベーションが上がったりと、相談をきっかけに、目に見えない漠然とした将来への不安が、安心へと変化するのを実感していらっしゃる様子をたくさん目にしてきました。

このような変化を世の中の働くママに感じていただけるよう、今後もお役立ち情報の発信や個別相談を通じて、またセミナー講師としても活動の幅を広げ、さらに多くの方のお金の不安を取り除いて、安心して子育てして働けるためのサポートしたいと考えています。